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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
名探偵の溺死
そしてあの人達と入れ代りに、あのボートで御逃げなさい」
明智が甲板に這い上ると、一生懸命の少女が、彼の耳たぶに温い息をかけて、策を授けた。
「有難う。僕は君のことを忘れませんよ。それにしても、君はどうしてあの連中を裏切って僕の味方をしてくれたんです。君は賊の一味ではないのですか」
明智は少女の手を握って囁き返した。何かしら熱いものが、目の中に湧上って来るのをどうすることも出来なんだ。
「あたし悪者の首領の娘ですの」文代は悲しい声で云った。「でも、でも、あたし、あなたのお名前をよく知っていたのです。そして、お助けしないではいられなかったのです」
少女は激情の余り泣き出しそうにしながら、握られていた明智の手を、じっと握り返した。その指先にこもる異様な情熱。明智は、闇の中ながら、又彼の年齢にも拘らず、少年の羞恥を感じて、思わず顔を赤らめないではいられなかった。
名探偵の溺死
賊の一味は、闇の海上の捜査空しく、数十分の後本船へ引上げて来た。それと入れ違いに、艇内に身を潜めていた明智小五郎は、賊のボートを奪って、ひそかに本船を離れた。
あとで分った所によると、賊の怪汽船は海上五里、殆ど東京湾の中心と覚しき辺りに漂っていたのだ。