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あさひのよろい

あさひの鎧

国枝 史郎

「時事新報」1934(昭和9)年8月25日~1935(昭和10)年3月16日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,520 字 · 475 页

青空文庫

そこでこの時も垂れ布をかかげて、やって来た人の姿を見た。と、若い女であった。そこで前後を忘れてしまい、可哀そうな嬰児に乳を飲ませてやりたい、その一心から走り出で、乳はあるまいかと訊いたのであったが、まだ娘だから乳は出ないと云われ、自分の行動のあわただしかったことが、にわかに恥しく思われたのであった。

彼女は、しばらく黙っていた。

浮藻はちょっとばかり躊躇したが、一刻も早く小次郎に逢いたい、この要求があったので、由緒ありげでもあり悲惨でもある、女乞食の身について、一応たずねたくは思ったものの、そうして親切な言葉などもかけて、そうして谷の向こうに見える、燈火のついている館こそ、自分達の住居であって、そこへさえ行ったら乳こそはないが、嬰児のたべられる食物も、お前さんの食べられる食物もあるから、おいでなさいよと云いたかったが、心の余裕がなかったので、思い詰めている男の名を、

「小次郎様! 小次郎様!」

と、思わず口に出して高く云い、よろめきながら、走るような足で、早瀬を見すてて歩いて行った。

「小次郎様? 小次郎様とは?」

歩いて行く浮藻を見送りながら、いぶかしそうに早瀬は呟いた。