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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

と名乗って着席しました。ぼくには、その人怖じしない態度が好きだった。

それから何日、経ったでしょう、ぼくはその間、どうしたらあなたと友達になれるかと、そればかりを考えていました。前にも言ったとおり、恥かしがりで孤独なぼくには、なにかにつけ、目立った行為はできなかった。

ある夜、船員達の素人芝居があるというので、皆一等食堂に行き、すっかりがらんとしたあとぼくがツウリスト・ケビンの間を歩いていますと、仄明るい廊下の端れに、月光に輝いた、実に真ッ蒼な海がみえました。と、その間から、ひょいと、あなたの顔が、覗いてひっこんだのです。ぼくは我を忘れ駆けて行ってみました。すると、手摺に頬杖ついた、あなたが、一人で月を眺めていました。月は、横浜を発ってから大きくなるばかりで、その夜はちょうど十六夜あたりでしたろうか。太平洋上の月の壮大さは、玉兎、銀波に映じ、といった古風な形容がぴったりする程です。満々たる月、満々たる水といいましょうか。澄みきった天心に、皎々たる銀盤が一つ、ぽかッと浮び、水波渺茫と霞んでいる辺りから、すぐ眼の前までの一帯の海が、限りない縮緬皺をよせ、洋上一面に、金光が、ちろッちろッと走っているさまは、誠に、もの凄まじいばかりの景色でした。