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オリンポスのかじつ
オリンポスの果実
田中 英光
「文学界」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页
――そしてスタンフォドに着いたら、大学の森中、数千台の自動車で埋っている人出でした。
スタンドで、あなたの水色のベレエ帽が、眼の前にあった。それだけを憶えています。競技はろくに憶えていません。ただ、赤いユニホォムを着た、でぶの爺さんが、米国一流のハムマア投げ、と、きかされ、もの珍しく、眺めていたのだけ記憶にあります。
そのうち、隣席にいた、副監督のM氏が、ぼくに、御愛用の時価千円ほどのコダックを渡して便所に行ったそうです。そうです、というのは、それほど、その時のぼくの頭には、あなたの水色のベレエが、いっぱいに詰っていたのです。あなたの盗み見た横顔は、苦悩と疲労のあとが、ありありとしていて、いかにも醜く、ぼくは眼を塞ぎたい想いでした。
船に帰って、ピンポンをしていると、M氏が来て「坂本君、コダックは」と訊きます。愕然、ぼくは脳天を金槌でなぐられた気がしました。預かった憶えは、ないと言えばよかったのですが、言われた途端、ハッとしたものがあって、――卑劣なぼくは、「村川君に、じゃなかったのですか」と苦し紛れに嘘を吐きました。M氏は、「そうだったかな」と気軽く言い、小首を捻りながら、村川を捜しに行きましたが、ぼくは、居たたまれず、船室に駆けこみ、頭を押えて、七転八倒の苦しみでした。