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オリンポスのかじつ
オリンポスの果実
田中 英光
「文学界」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页
遠慮なく、乗せて貰うと、目貫きの通りにドライブしながら、ぼくの胸にさした日の丸のバッジを見詰め、「俺は日本が好きだ。若いとき、船乗りだったから、横浜や、神戸に、度々行ったよ。ゲイシャガアルは素晴しいね」とか言い、皺くちゃの顔いっぱいに、歯の疎らな口を開け、笑ってみせます。とうとう、煙草の脂臭い鼻息に閉口しながらも、親切な爺さんの怪し気な日本回想記をきかされ、途中でアイスクリイムまで奢って貰い、合宿まで送り届けられたのでした。
こうして、ぼくはあなたのことを忘れ、只管、練習に精根を打ちこんでいた頃、日本から、初めての書簡に、接しました。
合宿前の日当りの好い芝生に、皆は、円く坐って、黒井さんが読みあげる、封筒の宛名に「ホラ、彼女からだ」とか一々、騒ぎたてていました。東海さんの処へは、横浜で、テエプを交した女学生七人から、連名のファン・レタアも来たりしました。松山さんにも、シャ・ノアルの女給さんから、便りがあり、皆に冷かされて、嬉しそうでした。
その中、ぼくの名前でも一通、「おや、これは日本からとは違うぞ」とぼくを見た、黒井さんの眼が、心なしか、光った気がしました。