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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
やまない雨
一
やまない雨
一
八月にはいるとまもなく、予定より少し早かったが、半之助は駒場へ移った。
母はそれまでなにも知らなかったので、もう逢えなくなる別れでもあるかのように、黙っていたことを恨み、自分もいっしょにゆく、などと泣き声をあげるので、云いなだめるのに、かなり骨を折った。
――月に二度くらいは必ず帰って来ますよ。
――それなら荷物をそんなに持ってゆくことはないでしょう。
――荷物といってもおもに本ですよ。
そんな問答もした。また、駒場ではおそらく退屈だろう、と考えたので、読みたいと思いながら読めずにいた本は、仏教関係のものまで包んだ。そのために、二日ばかり土蔵の中を掻きまわしたが、祖父の蔵書の入っている長持の中をみているうち、妙な物をみつけだした。
油紙でいやに丹念に包んだ、書類のような包で、表に「厳秘」と、父の手で書いてあった。
――なんだろう。
しばらく見ていたが、厳秘と書いてあるところから、ことによると他人に見られたくない父の私物か、と思い、そのまま元へ返そうとして、そして、あっと声をあげた。
――あれだ。
それは叔父の遺品であった。五番町の、遠藤兵庫が、ふしぎな失踪をしたあと、下僕が持って来たもので、中には、甲府勤番ちゅうの日記や、見聞記や、かんば沢に関する調書などが、ある筈である。