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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

半之助は市中の人たちの、じっさいの暮しぶりはよく知らなかった。けれども、そこに起こる日々の、胸の痛むような、悲惨な出来ごとや、欺瞞と強欲と狡猾のために、いつも抑えつけられ、踏みにじられている、無知や愚鈍の哀しさは、飽きるほど見もし聞きもしている。

自分の身のまわりでも同じことだった。

武家のなかでも、かたちこそ違うが、権力や名声のための、醜い諍いが絶えないし、もっとも多数の、身分の低い者たちは、侍として最低の外聞を保つことにさえ、苦しんでいた。

――なんのために生きているのだろう。

身ぢかな人たちの、ただあくせくと、その日の暮しに追われているさまを見るたびに、半之助は殆んど呻きたくなるくらいに、こう思った。

――あんなふうに生きていて、なにが楽しいのだろう、これからさきどうしようというのだろう。

権勢や名誉や物欲のために、恥を忘れて狂奔し、やっきとなって卑劣な術策を弄する人たちにも、彼は同じことを問いかけたかった。

――それで満足ですか、その富や名や権力が、あなたを本当に幸福にしていますか、これは間違った、こんな筈ではなかった、と思うようなことはありませんか。