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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
しかも、気があせるので、音を立てずに登ることは、不可能にちかい。山びとであるかれらは、おそらく、そういう物音に敏感で、半之助の所在を、すぐに聞きとめたのだろう、射かける矢みちをよけて、右と左から、松火を持った五六人の者が、ぐんぐん追い詰めて来た。
――逃げられない。彼はそう思った。おとなしく捉まるほうがいいかもしれない。……けれども、あの舞台の上の、(登世の)怒りにひきつった顔と、狂信的な叫びとが、そうする決心をにぶらせた。
――だめだ、逃げるほかはない、捉まったらそれまでだ。
彼はひっしに、木から木を伝い、暗い茂みのあるほうへ、そして上へ、上へと、けんめいに登り続けた。
まもなく矢は来なくなった。喚き声も、かなりひき離した。だが半之助は、ふり返るだけの、気持のゆとりはなかった。手も足も(いや殆んど頭から)朽葉と土にまみれながら、さらに二段ばかり、息もつかずに登った。
――綱吉が死んだ。
――誰かが失脚した。
彼はそのことを、初めて聞いた。誰かが、というのは、柳沢吉保をさすのであろう。すると、これまで接してきた、いろいろの断片が、ようやく、一点に、集約されるのを感じた。