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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
」
権之丞はまもなく座を立った。
彼は登世の性質を知っている。そしてどうやら、事はあまりに深く、しかも現実的に進みすぎているようだ。
――みどうのお家が危うい。
幕府政体はすでに磐石である。甲府城にどれほどの軍資を貯え、どれほどの兵を集めたとしても、またよし三五の諸侯が助勢したとしても、徳川氏の倒壊などはまったく望み難い。夢というにも足りない暴挙である。
――死を賭して諫めようか。
おそらく彼女は思いとどまるまい。父のみどう清左衛門が来て説いても、比女の決心をうごかすことはできぬだろう。……日にやけた、小さな顔に、刻みつけたような、深い皺があらわれ、僅かな時間でその眼も頬もぐっと落ちくぼんだようにみえた。
「和助、乙女さまは」
与えられた部屋へ戻ると、権之丞は、さっき背をながしに出た若者を呼んだ。
「ひるから海へ、お遊びに出ておいでなされます」
「こちらでのごようすはどんなふうだ」
「山へ帰りたいと、口ぐせのように仰しゃってでございます」
権之丞は若者を見た。
「おまえも、山へ帰りたいと、申したな」
「――はい」
「和助、こちらへ寄れ」
こう云って、権之丞は坐りなおした。