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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

「いまは?」

「網元の家にゴロ/\して、漁師ですよ」

「そうか」男はタバコを吸って考えていたが、

「キミの原稿を本にするわけにはいかないが、どうだい、ここで働いてみないか」

「あなたは誰ですか」

「社長さ。大竜出版社社長吉野大竜」

男は威張って見せたが、小さい大竜だ。左近は笑いたいのを噛み殺した。

「オカの勤めは経験がありませんからダメですね」

「キミなら勤まるんだ。実はね。打ち開けて云うと、社員がみんな逃げたんだ。買収されたんだな。わが社は最近政界官界財界の裏面をバクロしたバクダン的手記を出版することになったのでね。社員が居なくちゃア手も足もでないんだ。うっかりボクが使い走りにでるとぶん殴られる怖れがあるし」

「誰がぶん殴るんですか」

「政界官界財界のボスのコブンだな」

「社員ならぶん殴られないのですか」

「そうでもないらしいがね。先方の言うことをきかないと、やられるかも知れないね。しかし、キミなら顔を知られていないから当分は大丈夫だよ」

「オカは物騒だなア」

「キミみたいな人がそんなことを云うもんじゃないよ。ホレ、この通り。たのむ!」

大竜はイスから立ち上って手を合せて拝んだ。