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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

それも仕方がないが、妹の味方の人々に悪いことをしたくないのがボクの一念なんだ。じゃア、明日の正午に、東京駅の八重洲口で待ってるぜ」

「いまからその返事はできないね」

「きっとキミもきてくれると思うよ。ボクの気持にもなってくれたまえ。妹の身にもしものことがあってはと心配でたまらないのだ」

洋次郎は左近が返した金一封を残念そうに受けとって、泣き落しの一言をつけ加えたが、にわかに思いだした様子で、ポケットから一枚の夕刊をとりだした。

「これ読んでみたまえ。キミ自身には思いがけないことがキミをとりまいているらしいのが分るぜ。なんのことだかボクにも正体はつかめやしないが、とにかくキミは思いがけない理由で、思いがけない敵を幾組となく背負ってしまったらしいぜ」

それは田舎者の左近が名を知らなかった夕刊新聞であった。四段ぬきのミダシで、

「玉子行方不明。生死を案ぜらる」

とある。拘留中の大石弁造の証人として訊問をうける予定の愛妾玉子が数日来行方不明のことが分り、当局を狼狽させてるという記事である。数日前の宵の口にジャンパー姿のヨタモノらしい若い男に腕をとられて連れ去られるのを見かけたのが最後で、それから行方が知れないから、当局ではジャンパー姿の若者を追及していると結ばれていた。