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おもいちがいものがたり
思い違い物語
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页
「どうしました、あれは」右衛門は次客をつとめていた妻女にこうきいた、「――先日求めたあれはどうしました、道具調べをしたときにはあったのだが」
茶席であるから荒い言葉はつかえない、すべて閑寂静雅でなければならないから、静かにこう質問したわけであるが、妻女がみやびやかに答えたところによると、泰三さまがお毀しになったということであった。そのとき右衛門がもしかして立っていたら、おそらくはまた右足で畳を叩いたであろう。老人は顔面を赭土色にし、歯をくいしめたまま鄭重に云った。
「ははあ、そういうわけか」
「はい、そういうわけでございます」
右衛門は眼を剥いて妻を睨み、口を信じられない程度までねじ曲げた。それからぐっと下腹部に力をいれ、自制心を総動員して、静かな声で云った。
「ではひとつ、あの釣瓶の茶碗で、……いやよろしい、私がいって来る、自分でな」
右衛門は客に会釈をして茶室を出た。茶室は渡り廊下で母屋に続いているが、その廊下のところに泰三が立っていた。たぶん自分が過失をしたので、どんな騒動になるものか容子をうかがっていたものだろう、……右衛門はそんなことは知らないから、彼の姿を見るなり愕然とし、いや慄然のほうかもしれないがともかく非常に吃驚して、思わず知らず叫びそうになった。