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にほんばし
日本橋
泉 鏡花
「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页
名は何と云わるるですか。」
「晋三です。」
上外套を着ながら、なお蒲柳の見える、中脊の男が答える。
三月四日の夜の事であった。宵に小降りのした雨上り、月は潜んで朧、と云うが、黒雲が浸んで暗い、一石橋の欄干際。
一方は口つきでも知れる、言うまでもなく警官である。
「新はどう書くですかね、……通例新の新ですか? あるいは。」
「晋と云う字です。」
と男は声を低うした。ここに事故ありと聞きつけて、通行の人集りを憚って、さりげなく知合が立話でもするごとく装おうとしたらしい。
さして気遣う事は無い。近間に大な建築の並んだ道は、崖の下行く山道である。峰を仰ぐものは多いけれど、谷を覗くものは沢山ない。夜はことさら往来が少い。しかも、その夜は、ちょうど植木店の執持薬師様と袖を連ねた、ここの縁結びの地蔵様、実は延命地蔵尊の縁日で、西河岸で見初て植木店で出来る、と云って、宵は花簪、蝶々髷、やがて、島田、銀杏返、怪しからぬ円髷まじり、次第に髱の出た、襟脚の可いのが揃って、派手に美しく賑うのである。それも日本橋寄から仲通へ掛けた殷賑で、西河岸橋を境にしてこなたの川筋は、同じ広重の名所でも、朝晴の富士と宵の雨ほど彩色が変って寂しい。