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にほんばし

日本橋

泉 鏡花

「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页

青空文庫

三十一

)と、はい、そのきっとでござりますが、何の、貴下様、こんな爺に御一座が出来ますもので。姉さんがただ御串戯におっしゃったのでござりますよ。」

「串戯ではなかったがい。俺はな、あの、了いかけた見世物小屋の裏口に蹲んで聞いとったんだ。」

赤熊のこの容態では、成程立聴をする隠れ場所に、見世物小屋を選ばねばならなかったろう、と思うほど、薄気味の悪い、その見世物は、人間の顔の尨犬であった。

「それは、もし、万ヶ一ほんとうに仰有って遣わされたにしました処で、私は始めからその気では聞きませなんだよ。」

「どうでも可い。それは構わんが、俺が聞きたいのは、お前んに後から来い、と云うて、先へ行ったその家の名ですわい。自分の内でない事は知れておる。……そりゃどこですかい、阿爺どの。」

「…………」

「ああん、阿爺い。」

「さあ、何とか云うお茶屋であった。」と、独言のように云って、顱巻を反らして仰向く。

三十一

赤熊は、チェと俯向けの股へ唾を吐いて、

「今時分、どこの茶屋が起きておろうで。待合に相違ないがい、阿爺い、秘さんと云え、阿爺い。自分が来いと云われた先の名を忘れると云うがあるもんですかい。