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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

もう深夜の散歩者も、なんにもなかった。家に残してきた温い寝床が無性に恋しかった。ただどうかして警官隊の網からうまく脱出したいという本能的な考えだけが、僕の全身を支配した。僕はクルリと踵をかえすと呼笛のなっているとは正反対の方の闇の中に走りこんだ。

ところが、そいつは失敗だった。というのは、僕の逃げた方角から、また別の警官隊がくりだして来たらしく、正面から呼笛がピピーッと激しく鳴り響いたからだ。本当は鳴り響いたどころではなくて、バラバラと駆けだしてくる警官らしい人影を軒灯の灯影の下に認めたのである。

「南無三!」

僕は死にもの狂いで、狭い道路を右に折れ曲った。ここなら大丈夫と思って、暫くゆくと、矢庭に背後に跫音がして、

「こら、待たんかア!」

と飛び出して来た者があった。刑事だ!

そうなると僕はもう躍起となっていた。なんのために逃げる必要があるのかと、根本的な誤謬を考えなおす余裕もなくただ本能的に警官隊から脱れようと焦った。

智恵のない話だが、また左へ折れた。正面に、亀井戸の魔窟へ抜ける橋が目についた。多分それは栗原橋だろう。しかし生憎とその橋の袂には交番がある筈だった。