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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
士官も彼女達も、席が相当離れていることがこの場合却って都合よく、お互に制し切れないようになって唄いつづけたが、やがてその合唱が済むと、室内は物憂い静寂に復った。士官もそれきり唄わないで、又羞かしそうに俯向いていたが、岡崎駅でこそこそと立って、逃げるように降りて行ってしまった。
「あの軍人さん、うち等に一遍も顔を見せはれへなんだ」
と、妙子が云った。
幸子達は、蒲郡に遊ぶのは初めてであったが、今度行く気になったのは、かねて貞之助からそこの常磐館のことを聞かされていたからであった。毎月一二回名古屋へ出向く貞之助は、是非お前達を彼処へ連れて行ってやりたい、悦子などはきっと喜ぶであろうと云い云いして、今度こそは今度こそはと、二三度も約束したことがあったが、毎度お流れになってしまったので、今日の彼女達の蒲郡行きは、貞之助が思い付いたのであった。名古屋についでのある時と思っていたが、いつも用事が多いので附き合っている暇がないから、こう云う機会にお前達だけで行って見るがよい、少し忙しないけれども、土曜の夕方から日曜の午後まではいられる、―――と、貞之助は云って、電話で常磐館へ交渉してくれたので、去年の東京行き以来夫と離れて旅行する経験を積んだ幸子は、昔と違って自分が大胆になったことに子供のような嬉しさを覚えながら、出て来た