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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

彼は心の底から湧き上って来る身震いを、どうすることも出来なかった。恐ろしいのだ。何とも形容し難い恐怖だ。

「そんなに聞き度いのですか」

明智はやっと己れを制して云った。

「エエ、聞きとうございますわ」

恐ろしいことには、物を云う度に、妙子の赤い唇が段々接近して来るのだ。

「犯人が分ったのです」

「マア、犯人が……」

驚きの余り、妙子の顔が、一刹那青ざめて見えた。

「何者でございますの? その、犯人は」

まるで救いをでも求める様な、弱々しい表情になって、なよなよと明智の膝に凭れながら、少し呼吸をせわしくして尋ねる。

「知り度いですか」

明智はよりかかって来る、柔い肉塊を、ソッとかわす様にして云った。

「エエ、無論知りとうございますわ」

「あなた、勇気がおありですか」

「マア」妙子は息を引いた。「勇気ですって? どうして勇気が要るのでしょう」

「犯人は、ある空家にいるのです。そいつの顔を見る為には、淋しい空家に入らねばなりません」

「でも、そんな。あたし犯人を見たいとは思いませんわ。ただ、捕まえて下されば……」

「無論捕縛します。併し、あなたは犯人が憎くはありませんか、一目見てやり度いとは思いませんか」