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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

二郎が不審らしく聞返した。

「本当に、この向うに犯人がいるのですか。いるのなら、なぜ躊躇なさるのです。早く捉えなければ、……」

一郎も責める様に云った。

「躊躇している訳ではありません。今頃は波越警部が、犯人を捉えている時分です」

アア、そう云えば、さい前、波越氏が、明智と何か囁き交して、どこかへ立去った。成程犯人を捕えに行ったのか。併し……

「それにしても、変だな。犯人はこの隣の部屋にいるのじゃありませんか。それに、覗いて見ても、部屋の中はいつまでも空っぽで、犯人は勿論、波越さんが這入って来た様子もありませんよ」

二郎が穴を覗きながら、囁く。

「空っぽ? エエ、その通り、そこには誰もいないのです」

明智が妙な云い方をした。

「では、さっき、妹が犯人を見たとおっしやったのは?」

「妙子さんは確かに犯人を見たのです。併し、その部屋に犯人が隠れていた訳ではないのです」

妙子は犯人を見た。しかも、そこに犯人はいなかった。論理的に全く両立し難い事実だ。謎々ではあるまいし、明智は一体何を云おうとしているのだろう。

「ハハハハハハハ、不審に思われるのはご尤もです。こちらへいらっしゃい。