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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
外交員はやや不審らしく云って、なお老水泳手をじっと眺めていた。
彼等の異常な熱心さが、反対側に立止っていた人々にも、他の通行人達にも敏感に反映して、上流に面した欄干に人の数が増して行った。
水面に首丈けを浮べた水泳家は、もう橋から半丁ばかりの所まで近づき、流れに従って、一間一間と進んで来る。橋上の見物人もそれに従って、頭数を増し、遂には、物見高い黒山の群衆となった。
「どうも変ですぜ。あんな泳ぎ方ってあるのかしら、あんまり静かじゃありませんか。しぶきを立てない特別の流儀なんでしょうかね」
外交員が又不審をうった。黒山の見物の間からそれに和して、変だ変だという声が起った。
「あの顔を見ろ」誰かが叫んだ。「あの真青な顔を見ろ。それに目の玉がちっとも動かないじゃないか。あいつは死んでいるんだ」
「馬鹿なこと、あんな土左衛門てあるもんか。水死人なら、もっと身体全体が浮上る筈じゃないか」誰かが反対した。
如何にも、それは世にも不思議な泳ぎ手であった。彼の首は顎の辺まで水につかったまま、少しも上下動をしない。流れのままに、まるで水中の人魂の様に、静かに近づいて来る。