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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
紅葉した山々が、絵の様に湖水を縁どって、そこを白いボートが、小さな水鳥の様に辷って行くのが、ホテルの窓から好もしく眺められた。ボートの上には白いものが前後に動いている。あれは白シャツ一枚の明智の姿であろう。その前にウジャウジャ蠢いて見えるのは、この思いがけぬ舟遊びにはしゃぐ子供等であろう。
ホテルのバルコニーへ出て、ほほえみ交わす親達の耳へ、時々、水面を伝って、昔懐しい唱歌の声が聞えて来たりした。
その親達に混って、一人の美しい婦人が、やっぱりボートの方を見て、ほほえんでいた。東京の有名な大宝石商の玉村氏のお嬢さんで、妙子さんという方だ。信州のある温泉場からの帰り途を、お父さんの一行と分れて、一人の婆やを供に、数日ここに滞在しているのだ。妙子さんの女学校時代の(それも去年の春卒業したばかりなのだが)親しいお友達が、このSに住んでいて、その人と語り合うのが主な目的であった。
その妙子さんが、子供の親達に混って、なぜ明智のボートを眺めていたかというに、妙子さんは婆やの外に進一という十歳ばかりの男の子を連れていて、その子供が明智の舟に乗せて貰っていたからである。