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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

彼は頸に力を入れて、その針を押上げようとした。だが、大ゼンマイの力は、存外強かった。針はビクとも動かぬ。力を入れれば入れる程、頸の肉がちぎれる様に痛むばかりだ。

吹き出し度い程馬鹿馬鹿しい出来事だった。しかし、哀れな人間の力には、この巨大なる機械力を、どう喰い止めるすべもないのだ。

余りの不様さ恥しさに、助けを求めることを躊躇している間に、大振子の一振り毎に、針は遠慮なく下って来た。最早や耐え難い痛みだ。

彼は叫び出した。三十歳の洋行帰りの紳士が、時計の針にはさまれて悲鳴を上げた。だが、叫んでも叫んでも、誰も救いに来るものはなかった。彼が時計塔へ昇ったことは誰も知らぬ。仮令この大空の悲鳴が階下の人々に聞えたとしても、まさか、そんな所に苦しんでいる人間があろうとは、想像もしないであろう。

遙か地上を眺めても、その辺に、人影はない。見張りの刑事達のいる表門裏門は、屋根が邪魔になってここからは見えぬ。塀の外は二三丁の間人家もない丘陵だ。

耳をすますと、怪しい笛の音は、いつかバッタリやんでいた。あの笛は彼を穴から覗かせるトリックに過ぎなかったのだ。賊はこうなることを、ちゃんと見極めていたのだ。