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あさひのよろい
あさひの鎧
国枝 史郎
「時事新報」1934(昭和9)年8月25日~1935(昭和10)年3月16日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,520 字 · 475 页
「おれもたん!」
と範覚は呻いた。
汗が胸から鳩尾の辺まで流れた。
「オレ死にそうだ! ……どうしたって死ぬ!」
彼の顫えはひどいものになった。
「眼が廻る! ……動悸がする! オレ死にそうだ、どうも変だ! ……血が頭に流れる! ……アッ、アッ、き気を催して来た」
金剛杖へ縋りつき、倒れまい倒れまいと努力しながら、なおも彼は女の姿を追った。
「オレ、ほんとうにせつないくらいだ! ……二十一日間断っていた俺だ! ……女をよ、断っていた俺だ! ……その俺にだ……あんまりひどいや! ……拷問だ――ッ、助けてくれ――ッ」
その時女は絞った髪をパ――ッと背後へ両手で払った。
黒い翼が背で羽搏き、女天使の白光体は、その瞬間にふくらむように見えた。
範覚の体は大きく揺れた。
口から泡が吹き出した。
「助けてくんな! ……タ、助けて!」
金剛杖がボタンと仆れ、つづいて範覚の大きな体が、洞の入り口へあおのけに倒れた。
気の毒に気絶したのであった。
この日もやがて夜となった。
晴れた夜空には天の河が、水銀のように流れていた。
同じ比叡山の裏山の、山の斜面に瘤のように、はみ出している丘の上に、沢山の樹木に囲まれながら、一宇のお館が建っていた。