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あさひのよろい

あさひの鎧

国枝 史郎

「時事新報」1934(昭和9)年8月25日~1935(昭和10)年3月16日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,520 字 · 475 页

青空文庫

「私には女房はございません」

「戦場に出て功をたてる、主君に日常お仕えして、お覚えよかれと苦心する、みな妻子のため家のためじゃ」

「はあ」

「大義も、節義も、忠も、士道も……」

「妻子には代えられませんでござりまするかな」

「迂濶にも俺は血判したのだ! ……ご謀反へお味方仕ると!」

「…………」

「迷うぞ!」

「…………」

「迷う!」

「…………」

「男心だ!」

「…………」

「が、もう仕方がないかもしれぬ。――その血判した連判状は……」

(ちゃアんとここに鎮座ましましている)

ヒョイと小次郎は懐中を抑えた。

(で、絶対に安全なんだがなあ)

「六波羅方へ渡ろうものなら」

(渡りませんな、大丈夫です。……ここにちゃアんと鎮座ましましている)

「旗あげせぬうちに捕えられ、打ち首じゃ! 梟し首じゃ!」

「…………」

「いっそ!」

「兄上」

「男らしく、盟約の義を貫いて……」

「兄上」

「それとも……それとも……思い切って……」

この時嗄れた女の声が、どこからともなく聞こえて来た。

「頼春殿、それがよろしい!」

「誰だ!」

と頼春は仰天して、せわしく四方を見廻した。

暁の光のさし出る前に、夜というものはその暗さを、ひときわ強めるものであるが、その時刻が今であった。