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オリンポスのかじつ
オリンポスの果実
田中 英光
「文学界」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页
彼はひどく真面目ぶった顔付で「坂本君、熊本さんのことでなにか聞いたか」と訊ねます。「いや別に」と答えると声をひそめ、「大変なことがあるんだ。これが公けになったら熊本さんの一生は台なしだよ。君はあんなにして特に親しいから、君からいっぺん忠告してやれよ」と親切にお節介を焼いてくれます。ぼくは息づまるほどのショックを受け柴山をみつめていました。
「昨夜なア、うちの河堀と金沢が、ボオト・デッキで涼んでいたら、暗い蔭になったほうでガサゴソ物音がするんだそうだ。なんだとおもってみてたら、熊本秋子とネルチンスキイの奴が二人ッきりで腕を組んで出てきた。それで、此方で見ているとも知らずネルチンスキイが、熊本にながいこと接吻してけつかったそうだ。汚ない」
ネルチンスキイというのは一船遅れて日本に遠征に来る筈の芬蘭の陸上選手監督で、一足先きに事務上の連絡旁々この船に乗った、中年の好紳士です。背が高く口髭を蓄え、膏ぎった赭顔をしていました。
ぼくは頭のなかが熱くなり、嘘だ嘘だとおもいながらも柴山の言葉を否定するなんの根拠もないままに、無性に腹が立ってきました。柴山は続けます。