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オリンポスのかじつ

オリンポスの果実

田中 英光

「文学界」1940(昭和15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,277 字 · 147 页

青空文庫

しかし、それはその時に、沸き上がった感情です。あなたに対しては、心の中で、すでに、愛さなければならないという規範を、打ち樹てていたと思います。

ホノルル・ブロオドウェイの十仙店で、ぼくは、紅のセエム革表紙のノオトを買いました。初めて、米国の金でした買物、金五十仙也。ぼくは、それをあなたとの、日記帳にしようと思って厭らしく、紅い色のものを買ったのです。しかし、それも後から憶えば買わなかったほうが、いや買ったにしても、なんにも書かぬ白紙のなかに、記憶だけを止めておいたほうが、良かった結果になりました。

翌月の午後は、個人外出を許され、船の出帆時刻は、確か、七時でしたが、ひとりぼっちで歩いていても、面白くなく、帰ったならば、案外また、あなたに逢えるかとも思うと、四時頃からもう帰船しました。

午前中の甲板には、銭拾いの土人達が多勢、集まって来ていて、それが頂辺のデッキから、真ッ逆様に、蒼い海へ、水煙りをあげて、次から次へ、飛びこむと、こちらで抛った幾つもの銀貨が海の中を水平に、ゆらゆら光りながら、落ちて行く。それを逸早く、銜えあげたものから、ぽっかりぽっかりと海面に首を出し、ぷうっと口々に水を吐きながら、片手で水を叩き、片手に金をかざしてみせる。