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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
などという気持にはならなかったでしょう。母にはそれが「あやまち」でもなく、不徳義とも感じなかった。父が知っていたようすから推察すると、わたくしが不義の子であるということを隠しもしなかったと思うのです。
――死ぬまえに一と言だけ。
たった一と言だけ云いたいことがある、と父は云った。二十年ちかいあいだ、抑えに抑えて来たおもいを、いちどだけ母に叩きつけたかったのであろう。しかし、仮にそうすることができたとしても、おそらく母は平気だったにちがいない。
父の死躰を見たとき、母は悲しそうな顔ひとつせず、「きみが悪い」と云って逃げだし、子供役者の菊太郎と、良人の死躰のある同じ家の中で、酒を飲み、たわむれていた。
――これが赦せることでしょうか。
母のしていることは、不行跡とか、みだらだというだけではありません。世の中の掟や、人と人との信義をけがし、泥まみれにしたうえ、嘲笑しているようなものです。
――そしてその母の血が、わたくしのこの躯にもながれているのです。
わたくしは死のうと思った。不義の子と知りながら、あんなにも愛してくれた父への申訳に。もちろん母も死ななければならないし、母とともに父を苦しめた男たちにも、罪のつぐないをさせよう、わたくしはそう決心いたしました。