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「てらだとらひこのついそう」あとがき

寺田寅彦 わが師の追想

中谷 宇吉郎

中谷宇吉郎『寺田寅彦 わが師の追想』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「寺田寅彦の追想」後書、実験室の思い出、墨流しの物理的研究、墨並びに硯の物理学的研究。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,239 字 · 65 页

青空文庫

それは当たり前のことであるが、自分が一人立ちの立場に置かれて、実際に事に臨んで見ると、改めて考えさせられることが多い。

今から考えて見ると、あの頃私たちは、寺田先生のああいう研究のやり方を、そう特別困難なこととは気がつかないでいた。むしろ研究というものはこういうものと初めから思い込んで、唯面白いという念だけに駆られて、実験に打ち込んでいた。そういう意味で先生の研究指導振りは、天衣無縫の域に達していたと言えよう。

ある日こんなことがあった。

何かの用にあてるために、砂を菓子箱の蓋に一杯入れて、実験台の隅にのせてあった。先生は午後の御茶の時間に、例のように上機嫌で一同を煙に捲きながら、その紙箱をいじっておられた。砂を入れたその紙箱は、横側を押される度に歪んだ。すると中の砂はさらさらと崩れて、何本かの罅がはいった。何も珍しい現象ではないので、火鉢の中に灰匙を立てて左右に動かすという悪戯をして見た人は、誰でも灰に罅がはいって崩れることを知っているであろう。先生はじっと砂の表面に見入りながら、急に黙り込んで何時までも箱の側面を引いたり押したりしておられた。