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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

完全に兵庫は捉まった。うろ覚えではあるが、下僕の孫七の話によると、かんば沢に惹かれる叔父のようすは、非常識で、殆んど錯乱にちかいものが、あったようだ。

「いったいなにがそんなに、叔父を惹きつけたのか」

半之助はこう呟いて、自分の声にびっくりして、思わず坐りなおした。それから、古びて脆くなった糸の玉を、大事にそっと解きほぐすかのように、彼は、叔父についての記憶を、できるだけこまかに思いだしてみた。

聞いたのは子供のときのことだし、断片的で、まとまりがなく、ただ漠然とした恐ろしさ、きみの悪い妖しさ、といった印象だけが、はっきりと残っていた。深夜に甲冑武者の亡霊が行列したとか、狸の談合場とか、そばへ寄るものはなんでもひき込む椹ヶ池とか、……そして人を入れることをゆるさず、入ってゆく者は生きて帰れない「かんば沢」など。当時それを聞いたときの、強烈な感動は(いま思うとばかげているが)かなりはっきり思いだすことができた。

「しかし、叔父がとり憑かれたのは、そんな怪異に対してではないだろう」

それは孫七の話のなかに、暗示があるようだ。

兵庫は秘密の公務を帯びて、甘利郷へ探査にでかけた。