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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
矢は糸を引くように、一文字に空を切って、同心の手にある鉄炮の、ちょうど撃鉄の下のあたりに、発止と当った。だーん、という銃声と共に、鉄炮は火と煙を噴いたが、銃口は脇へそれていた。
以上の出来ごとは、殆んど瞬時に起こった。来太が絶叫して、とびかかってから、せいぜい呼吸三つか五つくらいの、短い時間だったろう。山にこだまする、大きな銃声で、敵も身方もはっと息をのんだ。
そのしんとした刹那に、「しずまれ、刀をひけ」という平四郎の叫びが、高く、はっきりと聞えた。
「荷駄はとおってよい、しずまれ」
声はよく徹った。互いに抜き合い、まさに争闘が始まろうとする、そのでばなであった。平四郎の声に応じて、駕の前にいた登世もまた、小扇を振りながら制止した。
「次高さんおやめなさい」
そこへ、菱屋庄兵衛が、弓に二の矢をつがえたまま、静かに馬を(下郎に口を取らせて)乗り入れて来た。平四郎は両手をあげ、なお声いっぱいに、「仔細はない、通ってよろしい」と叫んだ。
「どうしたのだ、なんだ次高」
「なに、もういい」
来太は庄兵衛にすばやく頷いて、それからみんなに手を振りながら、平四郎の前へ近よっていった。