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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

「いつかお話しますわ、もう少し経ったら、もう少しして、もしかあなたが、……いいえ、あたし帰りまあす」

叫ぶように云って、にわかに騒ぎだす小鳥たちの群に、身のまわりを囲まれながら、すばやく駆けだしたが、すぐに立ち停り、ふり返って、こんどはいさましく叫んだ。

「また忘れました、あなたのお名前なんていうんですか」

「好きなようにお呼びなさい」半之助は答えた、「私は自分の過去ときれいに別れたのです、名前も捨ててしまいました、貴女の好きな名で呼んで下さい」

「わあうれしい、それじゃ考えて来ます」

そして道のほうへと、駆けおりていった。

小鳥たちを叱る声や、木の枝の折れる音などが、しだいに遠くなり、やがてなにも聞えなくなると、東の空を重たげに塞いでいた、黒ずんだ牡丹色の雲が裂けて、いつか朝の日光が、きらきらと森の梢を染めだしているのが、見えた。……霧はもう、すっかり山の高みへ去り、小鳥の鳴き声も、ずっと下の、林のほうへと移った。森の中のひんやりした空気に、かなりつよく、杉や檜の爽やかな香が、匂い始めた。

半之助は夜になるまで、花世のいいつけに従って、そこを動かずにいた。