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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

「もうよせ、じたばたするな」

主馬が、ようやく笑いやんで、涙を拭きながら云った。

「柳沢の勢力は瓦解した、甲府城も幕府の手に押えられた、夢は終ったんだ、むだな騒ぎはやめろ」

すると平四郎が云った。

「あっちでなにか声がするぞ」

主馬もふり返った。それは上の(つい今しがた二人のいた池畔の)ほうで聞えた。平四郎はすぐ、そっちへ向って、木の間をぬけながら、駆け登っていった。主馬も、あとを追おうとして、ふと捕方の者に振向き、「こいつはもう動けまい」と来太を顎でしゃくった。

「へたばったら縛れ、それまで手出しをせずに見ているがいい、もしまた暴れでもするようだったら、棒で叩き伏せてやれ」

「それを待っているか」

来太はそう叫び、刀を逆手にして、いきなり脇腹へ押し当てた。捕方の者たちがびっくりし、慌てて刀を叩き落そうとした。

「ああよし、構うな」

主馬が眼をそむけながら云った。

「武士の情けだ、切らせてやれ」

そして走り出した。

平四郎のあとから、登ってゆくと、とつぜん眼の前を、一疋の兎が、さっと横切った。すぐ眼の前だったし、ふいをつかれて、主馬はあっと声をあげた。

「――凶兆だ」