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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

だが雨はつよくなるばかりだった。彼女はだいぶぐあいが悪いようすで、しきりにそらしたような話をし、持って来た弁当をあけて、むろん半之助にも強制しながら、きれいに喰べてしまい、ついに観念したのだろうが、そのことにはまったく触れず、十時すぎに半之助の蓑と笠をきて、帰っていった。

十七日は午後まで風が強く、林の枝が鳴るくらいだったが、吹きやむと共に、ひとかけの雲もないほどに晴れて、夕空は眼をおどろかすばかり、美しかった。……夕食のあと、こころ待ちにしていた半之助は、灯を消して、家の前庭におり、巨きな木の根で作った腰掛に掛け、月の昇るのにつれて、明るくなってくる、あたりのけしきを眺めていた。

花世はあの、ほっほうという声で(それは谷から谷へこだまを起こしつつ)呼びながら、ひどく悠々とあらわれた。その夜は白地に秋草模様を染めた着物で、珍しく奴袴は着けず、はでな竜胆色の帯を、うしろで大きく結び、素足に草履をはいていた。化粧もしているらしい、髪にも香油があまやかに匂っていた。

「ね、いいお月さまでしょ」

彼女は鼻たかだかと云った。まるで自分がその月を出しでもしたかのような、口ぶりであった。