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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
彼はやや圧倒された。
どこか遠く、ずっと下のほうで、かすかに渓流の音が聞える。そのほかには、なんのもの音もしない。高くあがった月の、青い透明な光りをあびて、重おもしく、森厳にねむっている連峰のなかに、際立って白く、きらめくような感じで、法王山の峰がぬきんでて見えた。
「やっぱり乙女の云ったとおりでしょ」
彼女はうっとりとした声で、こう云いながら半之助を見た。
「まるで雪の宮殿のようでしょ」
半之助は黙って頷いた。彼は坐っている膝を立て、それを両手で抱えながら、魅せられたような眼で、じっと、その山に眺めいった。
「少し寒くなったわ、倚らせて頂いていいでしょ」
花世はこう云いながら、彼のほうへ、そっと身を寄せた。化粧の香りが、あまく、しかし爽やかに、彼を包んだ。
彼には山々が、厳しい死のようにも思え、また不滅の生であるようにも思えた。それは、現象のあらゆる秘密を知っていて、しかも黙って、亡びのときの来るのを、永遠に、辛抱づよく待っているかのようにみえた。
「――五百年、千年のむかしにも、私たちがこうして眺めるように、誰かが、こんなふうに、あの山を眺めたかもしれない」