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やまびこおとめ

山彦乙女

山本 周五郎

「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页

青空文庫

広蓋を持って、顔じゅう汗だらけであった。

「おなをさんがお待ちかねよ、どうなさいましたの、このごろ」

「いつもの座敷でいいね」

半之助は構わずあがった。

「とにかく汗を拭かせて貰おう」

「はい奥方にそう申します」

二階へあがって、堀に面した端の座敷が、彼の席と、定ったようになっている。そこへはいって、袴をぬいでいると、お勝が挨拶に来、あとからおなをという女中が、半と手拭を持って来た。

汗を拭いて、茶屋の浴衣にくつろぐと、昨日からの気疲れが出て、風とおしのよいところへ、まず横になった。

「どうなさいましたの、暑気に当りでもなすったんですか」

「そんなところだろう、みんなの来るまでひと眠りするよ」

「それならこれでは明るすぎるでしょう、小屏風でも立てましょうか」

「なにこれでいい、ただ呼ぶまで誰も来ないようにして呉れ」

おなをはいちど出てゆき、派手な柄の帷子を持って来て、裙のほうへ掛けた。

「あたしので失礼ですけれど」

そして黙って、こちらを見まもった。

「どうしたんだ」

こう云って眼をやると、さびしげに笑いながら、首を振った。小さな唇の間から、糸切歯が見えた。

おなをはその年の春芝居から、初めてこの茶屋に勤めだした。