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やまびこおとめ
山彦乙女
山本 周五郎
「夕刊朝日新聞」1951(昭和26)年6月18日~9月30日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,360 字 · 251 页
まわりには巻物や、紙や、筆硯などがとりひろげてあり、侍(それは谷町の安倍冲左衛門であった)がなにか書き写しているようであった。
女あるじは、髪かたちも、衣裳も、たいそうじみづくりで、一見ふけてみえるが、年は二十一か二くらいだろう。しもぶくれの、ふっくりとして、ちょっと天平仏に似た、気品ゆたかな顔だちである。そして上唇のわきに、かなり眼だつ黒子があって、ぜんたいの美貌をさらにひきたてているが、その美しさには、なにやら不徳義なものが感じられるようであった。
権之丞は縁側に坐って、「比女さま、権之丞おめどおりを願います」
かなり高い声で云った。
二人はその声で初めて気づいたらしい。冲左衛門はやや狼狽し、写していた巻物をさっと隠したし、登世は怒りの眼でふり返った。
「ゆるすまで来てはならぬと」
「うけたまわりました、けれどもさきに早飛脚で申上げましたとおり、一刻もゆるがせならぬ用事ではあり、御名代としてまいったのでございます」
そしてじろっと冲左衛門を睨んだ。
「どうぞおめどおりをおゆるし願います」
言葉つきにも、その毅然とした態度にも、あとへはひかぬ、という意味が充分にあらわれていた。