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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

「信じてくれない方がいいね。ボク自身も信じたくないんだよ。バカバカしい話だからね」

「そのアルジの本名はなんてのさ」

「要するに神奈川氏だな。帰るとき表札を探したが、でていないね。白雲荘という看板のようなのが門にぶらさがっていたよ」

その日の午後、印刷のことで打ち合せの必要があって、葉子は氏家印刷へでかけた。その戻り道に白雲荘を探してみると、それが確かにあったのである。

「白雲荘ッて、どなたのお住いでしょうか」

葉子はその近所のタバコ屋や何かで訊いてみたが、誰も知る者がない。誰かの別荘で、ふだんは留守番ぐらいしか住んでいないようだという話であった。

附近を訊きまわって葉子が再び白雲荘の門前を通りかかったとき、一台の高級自動車がスルスルと滑って来てその門前へピタリと止った。中から降りたのは洋装の美人である。何かで見たようだと思ったが、見定めるヒマもなく女はクグリ戸から消えこんでしまった。高級自動車は戻って行く。中年の運転手一人。同乗してきた人はいない。葉子は自動車のナンバーを頭にシッカと書きとめた。女優だろうか。歌手か何かだろうか。どこかで写真を見かけた顔のような気がするのだ。