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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

まったく甚だ不遠慮に接近してきた。三十メートルぐらいの距離だ。そして緑の自動車をヘッドライトで遠慮なく照す。女は平然たるものだ。それは悪い事をしていないアカシのようにたのもしくはあったが、葉子はまだ気をゆるすわけにいかないのである。

「安心してらッしゃい。私がついていますから」

葉子はそれにうなずく代りに、

「どうして夏川さんや私の名まで知ってらッしゃるんですの?」

「知るわけがあるんです。いまに分りますよ。私はあなた方の味方よ」

しかし女はついに追跡の自動車にたまりかねたらしい。美しい顔をビリビリとケイレンさせて、運転手に命じた。

「とめてちょうだい。そしてね。なぜ追跡するのか、きいてちょうだい」

緑の自動車は静かに止った。新しい高級車だから大そう滑りがやわらかで、葉子の乗りなれたバスや円タクとは乗心地が天地の差であった。追跡の車はぶつかりそうになって止った。葉子がふりむいてみると、追跡の車の助手台から降りたのは、顔見知りの人物だ。タコスケの牛肉店に働いている若い衆の安サンである。運転台から降りてきたのは牛肉店の隣のガレージの運ちゃん三郎であった。両名、ボロタクの両側に降り立って、一方が攻撃されたら一方が応援に馳せ参じるマンマンたる闘魂を示している。