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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

「私ですか、いいえ、べつに」

「こっちを向いてみろ、おまえなにか隠しているだろう」

「私がですか」彼はこっちを向かない、「――私はなにもしません。隠すことなんかありません、本当です、嘘なんかつきません、私は殿さまに……」

「殿にどうした、殿にどうしたというんだ」

「殿さまにいかんと云われたんです、こっちから決して喧嘩を売ってはいかん、これは固く禁ずるぞと云われたんです」

「――それで、……それでどうしたんだ」

「ですからつまり、私は、喧嘩なんぞ売りやしません、殿さまの仰しゃることは重いですからね、私は決して」

「おまえ額に瘤を出してるな」

右衛門は眼を光らせて、こっちを覗くように見た。泰三は顔をそむけ、いそがしく飯をかきこみながら云った。

「ええこれは、あれです、ちょいと転びまして、木の根があったもんですから、とっ拍子もないような処に大きな根っ子がありまして、あれはなんでしょうか、道路関係の事は普請奉行の係りでしょうか、それとも作事方の」

「おまえ喧嘩をしたんだろう」

「私がですか」泰三は心外なことを聞くものだという眼つきをした、「――私が喧嘩をしたと仰しゃるんですか、この私が、……どうして笑うんです津留さん」