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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

給仕をしていた津留が、もうがまんができないというように失笑した。よほど忍耐していたものだろう。止めようとしても止らないらしく、袖で口を押えながら立ち、笑いながら廊下へ逃げだしていった。すると、それといれ違いに、玄関番の侍がやって来て、「典木さんの泰三さんにお客です」と云った。

「私に客、ああそう」

得たり賢しと彼は立った。右衛門の追求を逃れる絶好の機会である、立ったとき膝で膳を小突いたので、皿小鉢がけたたましく踊り、なにか二つ三つ転げ落ちたが、そんなことに構っている暇はない、誰にともなくおじぎをして廊下から玄関へとびだしてゆくと、そこに――うす暗いのでよくわからなかったが――四五人の若侍が立っていた。

「私が典木泰三です、なにか御用ですか」

「――なにか用かって、ばかにするな」

最前列にいた男がどなった。聞き覚えのある声なので、泰三は式台へ下りて、「なにを怒ってるんです、なにか私が」こう云って相手を覗いて、「――やあ、これは、これはどうも」

高頬に傷痕のある顔を見て、泰三はあいそよく笑って、それからあっと声をあげた。

「やあ失礼、あんたたちか」

「黙れ卑怯者、約束をどうした、えらそうに大言を吐いて、われわれはずっとあの原で待っていたんだぞ」