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しんやのしちょう
深夜の市長
海野 十三
「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页
マスクの上から鼻をおさえてみると、なにかお猿の口吻のようにピョコンと飛び出しているものがあって、その間から呼吸が通うらしく、そして何だか薬品の匂いらしい涼しい香りがした。
(さあ、こっちだ!)
と、云わぬばかりに、速水の持っている懐中電灯の光芒がサッと動いた。ヌッと手を上に伸ばしてガタガタやっているうちに、サッと風の通る気配が手首に感じられた。光の動く方を見ると、床にポッカリと四角な穴が明いている。速水は先に立って、その穴を攀じのぼった。僕も続いて昇りかけると、頭の上にパッと明るく電灯がついた。僕は彼の大胆なのに呆れかえった。攀じのぼってみると、それは厨房であった。板の間の揚げ蓋が二枚だけ、横に外されていた。
速水は靴のままで、ゴトゴト板の間を踏みならしながら歩き出した。まるで無人境を踏破しているかのように。
「この家は留守なのかい」
「どうして?……ホラ、これを見給え」
そういって速水は、傍の障子をガラリと開けた。するとそこには年の若いお手伝いさんが、蒲団にくるまって寝ていた。
「ちと静かにしないと、起きられるんじゃないか」
「なんの、起きるものか」
そういった速水は、蒲団の間から、ヌッと出しているお手伝いさんの白い腕を握って激しく動かしたが、お手伝いさんの表情には何の変りもなかった。