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がん

雁

森 鴎外

壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 73,950 字 · 147 页

青空文庫

その頃まだ珍らしい見物になっていた眼鏡橋の袂を、柳原の方へ向いてぶらぶら歩いて行く。川岸の柳の下に大きい傘を張って、その下で十二三の娘にかっぽれを踊らせている男がある。その周囲にはいつものように人が集まって見ている。末造がちょいと足を駐めて踊を見ていると、印半纏を着た男が打っ附かりそうにして、避けて行った。目ざとく振り返った末造と、その男は目を見合せて直ぐに背中を向けて通り過ぎた。「なんだ、目先の見えねえ」とつぶやきながら、末造は袖に入れていた手で懐中を捜った。無論何も取られてはいなかった。この攫徒は実際目先が見えぬのであった。なぜと云うに、末造は夫婦喧嘩をした日には、神経が緊張していて、不断気の附かぬ程の事にも気が附く。鋭敏な感覚が一層鋭敏になっている。攫徒の方ですろうと云う意志が生ずるに先だって、末造はそれを感ずる位である。こんな時には自己を抑制することの出来るのを誇っている末造も、多少その抑制力が弛んでいる。しかし大抵の人にはそれが分からない。若し非常に感覚の鋭敏な人がいて、細かに末造を観察したら、彼が常より稍能弁になっているのに気が附くだろう。