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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
用意の懐中電燈で照らして見ると、立派な背広服を着た、併し余り人相のよからぬ男が、繩目の痛さに耐え兼ねて、オイオイ泣いているではないか。
「どうしたんだ。喧嘩でもしたのか」
と声をかけながら、ふと洋服の胸を見ると、そこに手帳でも破ったらしい紙切れが、婦人の頭髪用のピンで止めてある。
「オヤオヤ、変なものが止めてあるぞ」
と、引きちぎって、調べて見ると、紙切れには、鉛筆の走り書きで、次の様な妙な文句が書きつけてあった。
この者魔術師一味の小賊なり、直ちに警視庁波越警部に引渡されたし。
明智小五郎
「魔術師」と読んで、巡査は飛上った。しかも手紙を書いた人物が、有名な明智小五郎なのだ。
彼はもよりの交番に飛込むと、直ちに警視庁を通じて、このことを波越警部の私宅へ報じた。警部は深夜ながら、時を移さず現場に駈けつけ、怪しの男を、手ひどく訊問した。この場合、拷問類似の処置も止むを得なかった。そして、遂に賊の口から、委細の事実を聞出すことが出来たのだ。
明智としては、別に警察の応援を望んでいなかったかも知れない。併し、このちょっとしたいたずらが、案外な効を奏した。
波越警部は、水上署に事の次第を告げて、大型ランチの出動を促し、水上署の警官達と共に、自から数名の刑事を率いて、それに同乗し、夜明け前の隅田川の、黒い浪を蹴立て、賊船