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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
にと急いだのである。
お話は元に戻る。波越警部は、船内から答えのないのを不審に思いながら、数名の部下と共に賊船の舷側をよじ昇り、甲板をあちこち探しながら、偶然にも、一人の死体と、二人の気絶者と、生人形の様に突立った明智小五郎との、あの恐ろしい沈黙の部屋へと近づいて行った。
「ヤ、蛇だ」
刑事の一人が頓狂な声を立てたので、驚いてその方を見ると、外へ開け放たれたドアの下から、ニョロニョロと、小豆色の、小さなまだら蛇が、這い出して来るのが眺められた。
人々は何ぜか、ゾッとして立ちすくんだ。
思いもよらぬ船の上で、突然蛇に出くわしたからでもあった。その蛇の頭部が、菱形にふくらんで、毒蛇の相を現わしていたからでもあった。だが、その外に、もっと別の感じがあった。
その蛇は形は小さかったが、背後に、何かしら大入道の様な、巨大なものの影が感じられた。物の怪にでも出会った様な、言葉では云い現わせぬ、一種異様の戦慄が、人々の背筋を走った。
蛇は、立ちすくむ人々を尻目にかけて醜怪な鎌首をもたげながら、踊る様な恰好に、左右に身体を振り動かし、部屋の外へ廻って、見えなくなってしまった。