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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
人々はその時、怪猫の口辺を見た。そして余りの恐ろしさに、思わず顔をそむけないではいられなかった。
浅間しい動物は、主人が死んだとも知らないで、全身真赤になる程も、血みどろの死体にじゃれついていたものに相違ない。じゃれついたばかりではない。彼は主人の傷口をなめ、流れる血のりを呑んだのだ。そうでなくて、あんな恐ろしい口になる筈はない。鋸の様な鋭い歯まで真赤に染っていたではないか。舌の上にはとろとろした血のりが溜っていたではないか。彼はその舌で、ポトポトと赤いしずくを垂らしながら、口辺を嘗め廻した。
「ミャオー」と一声、不気味に優しい鳴声を立てると、真赤な猫は、人々の驚きを無視して、点々と血潮の足跡を印しながら、ノソリノソリ裏口の方へ歩いて行った。まるで彼自身が殺人犯人ででもある様に、奥底の知れぬふてぶてしさで。
人々は次に、扉の破目から、室内の様子を眺めた。
ともしたままの明るい電燈の下に、福田氏のパジャマ姿の下半身が横わっていた。胸から上は寝室に隠れて見えぬのだ。恐らくは猫がじゃれついた為であろう、足の先まで血に染っている。
だが、異様に感じられたのは、死体そのものよりも、死体の上やその周囲に、恰も死者を弔い死体を飾るものの如く、夥しい野菊の花が、美しく散り乱れていたことである。