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しほんたいへいき

私本太平記(四)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(四)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 頁

青空文庫

あくる日のことである。彼女は日課の法華経も誦みおえ、それから覚一と机をはさんで、覚一のために、詩経の素読をさずけていた。崖の山藤が這い伸びて、欄の角柱からひさしに花のすだれを見せ、そのつよい匂いに飽いた蜂が、時折、母子の机をおびやかした。

「覚一。ちょっと待って」

彼女はふと耳をすました。そして机を立ち、

「ゆうべの衆が、またなにか、騒いでいるような」

と、廊へ出て行った。

近くには何も見えない。彼女はつき当りの杉戸をあけて、低い階だんを降り、また廊を行って、山館づくりの階をいくつも降りた。

すると、眼に入った者がある。

大太刀をさしたわらじ穿きの男が、前栽の破れ垣をたてとして、後ろ向きにつッ立っていたのであった。――何者だろうか。――それを逃がさじとして、ゆうべの六波羅兵たちが、男の前や横から迫ッている様子なのだ。

「人違いするなっ」

男は、どなっていたが、取りかこんだ六波羅兵は、耳もかすふうではなかった。

「それっ」

彼らは、まちがいないものと、まったく思いこんでいる。すでに男は、太刀に手をかけていたが、なおも、

「人違いだっ。おれは、そのほうらの申す忍ノ大蔵などではない」