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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(四)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 頁
ま、ご短慮はなさらぬことだ」
「…………」
ちらと見ただけで、藤夜叉はまた足を先へむけていた。いちど見過ごしていた師直は、急に二十歩ほど躍って、いきなり彼女の背を後ろからかかえこんだ。
「……のう。ご縁なあって、矢作の陣からずっとお世話申してきた師直だ。これからも変らずにきっと蔭でのお力にはなり申そう」
「…………」
「殿は元々、ああしたお方だ。無情というものではおざらぬ。いずれは若ぎみと共に、藤どのの身も、伊吹から迎え取るお胸でいるには相違ない。あなたさえおいやでなくばだ。……またこの師直もそうなるように、お側にあっておすすめする。……ま、ここしばしのご辛抱だ。あの道誉のごときは、どうにでも、お口のさきでだましておかれい」
はっと、師直は彼女から手を離した。そのとき伊吹城の鼓楼の太鼓が、突と、鳴り響いていたからだろう。
すでに中門の遠くには武者のむらがりが朝霧のうちにきらめき出し、茶堂の疎林にも馬のいななきが流れた。師直はあわてて、もいちど、藤夜叉の肩ごしに、ひと言ふた言、柄にもない優しいことばをいていた。そして、駻馬の如く身をひるがえすやいな彼方の疎林の下を駈けくぐって行ってしまった。