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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(四)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 頁
「曲げてお連れ申して来よう」
と、蔭で相談していても、久子はわざと知らない振りでいた。――軍務のことで、ついそこまで来たからといって、ついでに妻子の陣を、覗きに立寄るような良人ではないからだ。
下千早へ敵が迫ッて、そこの避難所もあぶないとなり、幼い子らを負ッたり手を引いたり、矢たけびを後に、逃げのぼったあの日でさえ、正成は妻子へ姿を見せてもいなかった。――いやあれから七十日、ただのいちども、ここへ声すらかけにきたためしはないのだ。
爺の左近にいわせれば、お気もちは察するに難くない。ひとつ籠城に在るほかの兵や将も、みな可愛い妻子やとしよりを、遠くにやって、生き別れの涙に耐えていること。「……それを、わが身ばかりが、妻子をそばにおき、妻子と睦みあうなどは、とてもあの御方として、お苦しいのでおざりましょう」というのが、爺の解釈であった。また久子にもわかり過ぎていることでもある。
それだけに彼女も、正成の室などという甘え方は捨て、子づれの女兵とも自分を思って、女で出来る仕事をさがした。大手搦手から運ばれてくる傷病兵の看護から、喰べられる草根を摘み集めたり、夜は夜で、侍女たちと共に針をもって、将士の着るつづれを縫うなど、女には女の籠城があった。