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あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
線上閱讀久保田 万太郎《浅草風土記(あさくさふどき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 頁
――その庵室のようなうちには、日本橋のほうの、小間物問屋とかの隠居が、一人寂しく余生を送っていた。”
昭和二年といえば、いまから二十七年まえ、ぼくのまだ三十九歳だったときである。……中年、三十九歳のときえた感懐を、老年、六十を越すに及んで、たまたま旧友のコトバにさそわれ、再びこれを容易に新たにしたということは。……子供の時分のおもいでというものは、なぜ、吁、こうも根強いものか……
出羽作親分に息子のあったことは、ぼくも知っている。しかも、きょうだい二人で、兄貴のほうは、オットリと、色が白く、骨細だったが、弟のほうは、みるから利かない気の、手のつけられない悪戯ッ子だった。後に竹島文吾になったのは、その兄貴のほうで、友ちゃんが河合武雄の弟子になったというのはあやまりで、小島文衛のことは知らないが、ぼくが知ってからのかれの師匠は喜多村緑郎だった。そのとき、すでに、中学生だったぼくのみた本郷座の舞台に於けるかれは、大きなリボンをひらひらさせたりする娘形だった。が、いつか、そのうちに、旅まわりにでもなったのだろう、東京からすがたを消した。そして、そのあと、約四十年、いつかもたまたま、楽屋で噂がでたが、師匠の喜多村も、きょうだい弟子の花柳章太郎も、その後のかれについて、何一つ知らなかった。