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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(七)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 330,262 字 · 662 頁

青空文庫

そしてふと、元結のゆるみに、自分の髪の根もとをつかんで、

「ここを締め直せ」

と、近侍たちのほうをみていいつけた。

「はい」

するとすぐ、敏捷に、いつもの耳盥と櫛とを持って、彼のうしろに小膝を折った小武者があった。

尊氏の髪を手がける者は、ずっとこの者ときまっている。指の細さ、櫛の使いよう、どうしても女であった。女武者であったのだ。

「棗――」

と、尊氏は髪をあずけながら後ろの手へ話しかけた。

「そなたは、まだこの船中にいたのか。室ノ津で降りよといっておいたのに」

「はい」

「なぜ降りぬ?」

「殿のお髪を仕える者がなくなります」

「髪などは武者でもする」

「でも、どこまでもお供をして行きたいのでございます」

「おかしなやつだの。こわくはないのか」

「え。すこしも」

髪の根がキリと締まる。彼女はすぐ退がってゆく。尊氏はまた咎めもしない。陣中に飼われている一羽の小禽かのようにそれを見ている。

かつては、少女の一念で、尊氏の寝首を掻こうとして、寝所をうかがい、逆に、捕まッてからは、まったく尊氏に服しきッているような旧北条遺臣の娘であった。こういう者までが、今日の戦列――尊氏を繞る彼の陣にはいたのだった。