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しほんたいへいき

私本太平記(四)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(四)(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 頁

青空文庫

遠慮がちにだが、その武士は、正成へ頼んでいた。

「軍務、お急ぎのところではございましょうが、ちょっとあちらの一坊までお立寄りいただけますまいか」

「お。治郎左だな」

そういっただけで、だまっている正成に、武士は、いちばい哀訴をこめて。

「決して、奥方のおいいつけなどではございませぬ。したが、さいぜんから多聞丸さまが、父君が転法輪寺の内へ入った、父君が来たと、みなへ言いふれ、お帰りには立寄ってくださるものと、独り極めに嬉々としておられまする。……で、寸時なとお顔を見せて上げていただけたらと、爺の左近も申しますゆえ、差出がましいことながら、こうお願いに参じました」

「…………」

正成は迷うらしい。

眼では彼方の一院の方をながめていた。

彼の妻子がおかれていた千早村も敵の占領下に入ったので、急遽、山頂の寺へ移されていたのである。日常妻子と会ってないことは、他の将士とも同様だった。

が、今はふと、

「会って行こうか」

と考え直したふうである。

必然な寄手の総がかりが始まるとすれば、あるいは、今日が今日かぎりの機会になるかもしれないと思う。そこで従者たちを、転法輪寺の前に残しておき、迎えの治郎左と共に、彼は朝原寺の一坊のほうへ歩いて行った。